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人生について考える

雑記

「旅行に行きたい浪人生」を書かれているArashiさんに触発されて書いてみました。

人生というものについて考えてみようと思います。

今回考えるのは、

人生に意味はあるのか、

と、

人の価値を決めるものは何なのか、

の二つです。

今回の記事はなんだか暗い感じなので、ご注意を。

あと、考えがまとまらないうちに書いているので、わけのわからないことを口走っていることもあります。

わけがわからなくなってきたら、その部分は飛ばしてください。あとでわかるかもしれません。

人生に意味はあるのか

人生に意味はあるのか、僕の考えを先に言うと、

意味があるかはそれぞれに度合いがあって、一概にあるないで答えられないのでは

と思います。

前にこんな感じの話を聞いたことがありました。

「人生はどうせ終わってしまうから意味はない、と言う人がいるけれども、じゃあ映画や音楽は終わってしまうから意味はないのだろうか。終わってしまうからと言って意味がなくなるなんてことはないだろう。」

この考えを聞いたとき、なるほどと思いましたが、

映画や音楽は他のものに影響を与えているからこそ意味があると捉えられているのであって、それを人間に適応した場合、他に対して影響を与えなかった人間の人生には意味がなくなってしまうのではないか、と。

そしてここで気づいたのです。意味がある、ない、には範囲がある、ということに。

つまり例えば、モーツァルトという人間は死してもなお現代にまで影響を及ぼしているので、現代(おそらくその先何百年も)において意味がある、と言えます。が、もし人類が絶滅した場合には、もはや意味などなくなっていると言えると思います。

あと、音楽や映画に意味があると感じるのは、音楽と映画の時間が短いがために僕らの思考が人間が生きている間のみの時間(音楽と映画が影響を及ぼしうる時間)にフォーカスされるからだと思います。

ちょっとごちゃごちゃしてきたのでまとめ&補足します。

あることがら(人生など)に意味があると言うとき、僕らはそのことがらがある時点において影響を及ぼしているかどうかを問題にする。それならば、「ある時点」がいつなのかによってそのことがらに意味があるかどうかは変わってくるのではなかろうか。

うん、この三行でわかることを長々と説明してたことに気づいた。

まあいいや、書いているうちに考えがまとまってきたので、最終的な僕の答えを書きます。

人生に意味があるかは、問題にする時点によって決まる。

補足すると、例えば「どうせ人類はみんな死んじゃうから人生には意味ないよね」というのは、人類が滅亡した時点において意味があるかどうかを問うているので、正しいと言えます。他にも「人生が終わっても、その次の世代がそれを引き継ぐから、意味はあるんだよ」というのは、ある人間の人生終了後の次の世代において意味があるかどうかを問うているので、正しいと言えます。

まあ、基準によって答えが変わるという話です。

人の価値を決めるものは何なのか

人の価値を決めるものは何なのか、また最初に僕なりの答えを言います。

価値を決めるための測りによる、です。もしくは、あなた次第、です。

人の価値を決め得る要素は複数あって、それのどれを価値判断として用い、どう重みづけしていくか、ということがそれぞれの測りによって決まっているのではないかと僕は思います。

例えば、(ルックス、頭脳、性格)が人の価値を決める要素で(2,3,4)の重みづけがされる、という測りがあるかもね、という感じです。(実際にはルックス、頭脳、性格などという抽象的な要素それ自体も、さらに細かい要素に分解して適切な重みづけが必要になると思われますが。)

このような測りがあり、どの測りを使うかによって、人の価値を決めるものが変わるということです。

でも、「その測りを知りたいんじゃ!」と思う方もいるかもせん。

しかし、どの測りを使うかは、あなた次第だと思います。

なぜなら、人によって見ているものは違うからです。ある人から見ればルックスを大事にするが、もう一方の人が見れば頭脳を大事にする、ということは普通にあります。

それに加え、時代によっても見られるものが違ってきます。ある時代にはいいとされていたものが別の時代では悪とされるようなことは結構あるので、時代をまたぐと要素の変動が激しいかと思われます。

このように、人によっても時代によっても測りは変動するので、絶対的な測りなど見つけようもないです。

なので、どの測りを使うかはあなた次第ということになります。

ここで、補足。

見つけることは困難ですが、絶対的な測りは確実に存在するでしょう。ただし、条件付きで。しかも条件はかなり絞られていると思います。何を目的にするか、とか、いつの時代での話なのか、とか。条件を絞るならば、答えは導けると思います。だがしかし、その条件を決めること自体が価値を決めるという行為になっているので、自己言及で破綻します。でも、場合分けを適切に用いれば、解を導けるかもしれません。なんだか数学みたいです。そう考えると、解なしも考えられるので、やっぱり絶対的な測りが確実に存在するとは言い切れませんね。

最後に

たぶん多くの人には理解されなかったと思います。

僕は哲学を数学と絡めて考えていて、ちょっと普通ではないので。

まあいいや、少しでもあなたに影響を与えられたらそれでいいのです。

それが、「意味のあること」なので。

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